カナキティ徒然草

舞踏家カナキティ、日々のつれづれ。

ふと、これは私の大切な人たち、そして私を大切に想ってくださっている人たち皆に伝えたいと思ったので、何様だよ自分とかつっこみを入れずに、勇気を出して書きます。

今年34歳になる私が辿り着いた、生きていく上で一番大切だと思うこと、生きていくための知恵、虎の巻です。


この地球で生きていく上で最も大切なこと、それは

・自分がどう感じているかを自覚していること

・そしてその上で「自分がどうしたいか」「どうなったら嬉しいのか」を自覚していること

これに尽きる。というか、これさえわかっていればなんでも乗り越えていけるし、むしろその状態こそが人間にとっての最上の幸せなのではないかと思い当たって。


簡単ですか?

いやいや、よくよく自分を注意深く見てみて下さいな。

私たち現代人は、ほぼほぼ自分の感情反応に気付いていないのではないでしょうか。

自分の感情に無自覚だし、自分の行動にも物凄く無自覚だと思うのです。

忙しいし、どんどん流れていくし。

だから瞑想とかマインドフルネスとか流行ったのではないかしら。


他人がどう思うかとか、あるいは起きている出来事ばかりにフォーカスして「自分が何を感じているか」が、なんと疎かになっていることか。

例えば、何かが起きて腹を立てる。でも怒るという反応は、きっと防衛本能から来るものだから、その奥にきっと傷付けられた何かがある。きっと何か悲しかった。何が悲しかったのだろう?

あ、そうか私はこれが悲しかったのかー。これが不安だったのかー。

そこにたどり着くだけで、問題は99.9%くらいは解決、というか自身が満たされるような気がします人間は。実際の出来事が解決していなくても、気は収まるし、腹が据わった状態になるというか。

世間がどう思うかとか、私ってばそんなこと思うなんて恥ずかしいとかダサいとか、どうでもよくて。

出てくる感情をそのまま丸ごと受け止めること。

別に誰かに言うわけじゃないのだから。自分の中だけの話だから。

とにかく自分がまずわかってあげること。

それをすっ飛ばして他人を攻撃したり、なんなら自分でその感情を受け入れるのがこわいからすり替えて他人になんとかしてもらおうとしちゃう。でも本人が自分の気持ちを自覚出来ていない状態でのやりとりは不毛だ。自分でも求めるものがわかっていないんだから。

そう、だからまず自分がどう感じたのかを感じ切る。そうすると感情の波は小さく静かになっていきます。

そして次に、自分はどうしたいのか。どういう状況なら好ましく思うのか。それをはっきりさせる。

そこまで来るとかなり、自分の次に取るべきアクションが見えてくるんじゃないでしょうか。

なんなら、アクションをまだ起こさないという選択も出来ます。

だから最初に「自覚する」と書いてみました。

行動は起こさなくてもいいのです。そういうのって状況によると思うから。すぐに相手に話すとか出来ないタイミングもあると思うし。それはたぶん、その時できる範囲で良くて。

ただ、その瞬間のできる範囲の最善を尽くすと。それはとても自分に寄り添ってあげる行為だから、ハートは喜んでくれる気がします。

今は行動しないぞって決めるのも、その時出来る最善です。

そしてそれによってすぐに現状が変わらなくてもいい。この全部のプロセスこそが、既に人間の幸せなんじゃないかなって思うからです。他人からもらうなにかはオマケみたいなもので、ずっと自分自身との付き合いでしかない。自分に対してだけ、自由と責任がある。


私はなにか例えるのがとても苦手なのですが、ひとつ事例を。笑

一年位前のこと。私は所属事務所にあることを打診しにいきました。まったく大したことじゃないです。でもそれまでに自分としてはけっこう悩んでいて、しばらくもんもんとしながら我慢していた事でした。

そういうわけで自分がどう感じているのかにしっかりと向き合って、さらにどうしたいかを叩き出し、この時の場合は、それを「伝えてみる」という行動を起こしました。

実際には私の打診は受理されず、状態は続行という結果になったのですが、ここですポイントは。

別に現実は変わらなくてもいいのです。

でも私はしっかりと自分の気持ちを自覚して、それを伝えてみるという行動をした。それだけで私の心はかなり満足して、その後現状維持となったにもかかわらず、むしろ頑張り続けることが出来たのです。

結果的に自分の求めるようにはならなかったけれど、話を聞いてもらえたことにも感謝がわいたし、向こうも私がどう思っているかを知ることが出来た。

あら、変わっていないようで、いい事しか起きていない。

「すごいじゃんこれ」って私は思ったのだけれど、そうでもないかしら。笑

あとこの例えで伝わったかな。笑


最近親友と、他人に察して欲しいってのは本当に無理なんだよねって話をしていました。伝えなきゃわからない。察して欲しいって、すごい甘えですよそれはもう。

そして、他人に察して欲しいと思っている時ほど、自分の気持ちが自分でわかっていないという不思議。パラドックス。

「わかってよ、察してよ、こっち見てよ」は他人に対してではなく、自分の奥から来る自分へのメッセージなのですね、きっと。本当は自分自身に一番見てもらいたい、わかってもらいたい。

人間の心の仕組みは不思議で壮大です、本当に。

しかも悪循環なことに、自分が自分で何を求めているのかわかっていないと、仮に相手がそれをくれたときに受け取り損ねるんですよね。自分で気付いていないわけだから。それが欲しいって。

これがしっかり自分の感情と求めるものを自覚していると、それだけでわりと既に満たされているから他人に期待しないし、同時に受け取る準備は万端だからそれが与えられるときにはすんなり受け取れる。しかも他人に期待していない分、それがいかに奇跡的で有難いことかがわかっているから感謝できる。


文字ばっかりだけれど、大丈夫?笑

なかなかシンプルに説明できないものだ

もう少しまとまったらまたいつか書きます。

とにかく、皆が自分らしく生きてゆけますように。

なんか夢を叶えるとかそんなことマジでくそどうでもいいんだよ。

自分らしく生きるってのは呼吸するだけで達成されるから。

人間として本来与えられた、最低限の尊厳と最上の喜びの話だよ。

こんばんは、カナキティです。

日付は明けて31日。

いよいよ3月ですね。2021年という数字にも馴染んできたような。未来感がすごいもんね、2021年って。SFかよ。

コロナ禍となって舞台が激減した一年でしたが、一方でスチルや映像のお仕事はたくさん出来ました。

楽しい現場や素敵な出逢いがたくさんありました。


このブログに訪れて下さる方は、本当に私のことを好きでいてくれている人なのだろうなと既に感じています。(物好きめ、感謝し切れないぞ)

そういうわけなので、私もどんなSNS媒体でもここまで丁寧には紡がないなってくらい、誠心誠意書こうと常々思っています。

今日はそんな皆様に改めてお話したい、素晴らしい写真家との出逢いについて。


昨年、アムステルダム出身のAnouk Brouwer(アヌーク・ブラウワー)という写真家に出逢いました。

https://www.anoukbrouwer.com/

「まるで一目惚れだった」と後から彼女は話してくれましたが、出逢ってすぐにオファーをしてくれて、私も直感でYESと即答、以来撮影を重ねて来ました。

初めての作品はこちら。GATA MAGAZINEに掲載されました。

https://gatamagazine.com/articles/photography/the-quest-by-anouk-brouwer

これまで10年以上、様々な媒体や作品でモデルを務めさせてもらったし、舞台の写真もたくさんあります。特に踊っている私は私ではないといつも後から見て思います。私の身体に、私以上のなにかが宿った状態だなと。

でもアヌークの写真を見て驚きました。その何とも似つかない、これは本当に純粋にただただ「私」だなと。私は初めて「私」を目撃したような気がしました。

彼女のホームページのトップに現在、私が水面から顔を出している写真があるのですが、それを見たとき「ああ、そうだ。私は今、人生で初めてようやく水面から顔を出して世界を眺めている」と感じました。ずっと人生は、海の底から眺めているような心地でした。昔から私は生きている実感がとても薄くて。それから本気で命に向き合おうと腹を括って、それがついに功を奏し、水面から顔を出したら彼女がカメラを構えて待っていてくれたような、そんな出逢いでした。

そして年の終わりに撮ったものを置いてゆきます。C-HEADS MAGAZINEに掲載されました。

https://www.c-heads.com/2021/01/18/信頼-a-series-about-trust/

Anoukがこの作品に寄せてくれた文章が本当に美しくて、頑張って訳しました。自分をこんな風に描写してもらえることは奇跡みたいで、最早現実に起きていることとは思えないレベルで、感謝はいつも言葉では全く言い尽くせなくて歯がゆく悔しい。だからこれからも表現で返していかなきゃ、と本当に思います。

信頼”, the Japanese word for trust, honors my relationship with Kana and all she taught me. Our paths crossed at an interesting point in both of our lives in 2020 and within months she was able to steal my heart and give it back in a different shape, changed forever. I have been struck by her fluency in the languages of courage, imagination, sensibility and trust. Trust in herself. Trust in her body. Trust in me. - Anouk Brouwer

"信頼 "という日本語は、私とKanaとの関係、そして彼女が私に教えてくれた全てを称えていると思います。私たちの道は2020年、双方の人生における興味深い時期に交差しました。出逢って数ヶ月のうちに、彼女は私の心を盗み、別の形で返し、永遠に変えてしまいました。私は彼女の、勇気、想像力、感性、信頼についての言語の流暢さに心を打たれてきました。彼女自身への信頼。彼女の身体への信頼。そして、私自身への信頼。」  -アヌーク・ブラウワー

出逢ってから時間を重ねて辿り着けた一つの到達点。今はさらにここから共に進化していて、先月の撮影もすごくよかった。

まだまだ旅は始まったばかり。


将来に不安になることもあります。クリエイターの仲間ともよく話します。

こんな風な生き方がこわくないかといえば、こわいに決まってるだろう。笑

でも結局逃れられない。このようにしか生きられない。

だから目の前のことを、魂に正直に、直向きに一生懸命やるしかない。

もう本当にそれだけです。

守りに入らないように、自分ではっぱかけていくしかないですね。よし。

こんなに暖かいなんてすごいね。春の夜って感じだね。まだ2月なのに。春の生温かい夜の風は、なんとも言えずに鳩尾あたりがうずうずとして、たくさん記憶を運んできて、センチメンタルになるのだから、まだまだエモいね自分よ、と思います。まだまだ若い心があるじゃないのと、自分を励ましますね。

一人、とても幸せな夜だから書こう。

私が大好きなCOoMOoNOの舞台を観てきました。

例えば、映画「TENET」や「パラサイト 半地下の家族」のような、誰もが絶対に楽しめるだろうと、世間が十分に話題にしていても更に自分もイキって人に勧めるものと、誰もわかってくれないとしても地球の終わりまで私は絶対にこれが好きだと、私の大切なひとたちに、こっそりおすすめしたいものがあるとしたら、COoMOoNOは後者。

自分の宝物のレコードを、自宅に好きなひとたちだけ集めて皆に披露するような気持ち。(あ、私レコードないけれどね、イメージの話ね)

だから書いちゃう。

久しぶりに観ることが出来て、久しぶりに私の好きなCOoMOoNOのスケールで、本当に胸がいっぱい。久しぶりにお腹の底から震える喜び。この世にこの作品があってよかったなぁって思う類のものです。

どうやったら人に伝わるのだろうと毎回思う。演劇でくくれない「体験」なのだよな。

1カットの映画を観ているような。いや、1カットと言ったのは、お芝居なので現実には動き続けるわけで、カットがないからなのだけれど、その感動はどちらかと言えば美しく緻密なカット割の映像作品を見たときのようなんだよな。COoMOoNOに出逢って、灯りと音響と人の動きと言葉で、こんなにも鑑賞者の意識や視点を繊細に動かすことが出来るのかと驚いて感動して、それから何年も経って。今もその感動は変わらず。

日々の中の、本当に誰とも共有できない子供の頃からの宝物のような記憶みたいな作品。

こういうものがこの世に存在することが、なんと生きていく上での勇気になることか。ありがたい。

この時期に伊集院さんの新作書き下ろしを享受出来るなんて幸せすぎる。

秋の夜長に一人良質な小説を読んでいるときのような脳の使われ方でした。

・COoMOoNO

http://www.coomoono.com/

本当に、出逢ってほしい。


COoMOoNOのように、この人生で本当に胸が抉られるというような作品がいくつかあって。有名無名関係なく。私はそれらの作品に出逢って人生が全く変わってしまった。それって今思うと本当にすごいことで、ずっとずっと大切にしていきたい。

私が19歳のときに、私も自分の中にある景色をこの世に出していきたいって本気で思った、きっかけ。そんな音楽をつくる古い友人。

・mitsuru shimizu

https://vimeo.com/45352444

https://vimeo.com/26166539

そして私が舞踏を志したきっかけ。今でもずっと、私の神様。

・根耒裕子

https://youtu.be/TBqxGa8yo84


あれから随分と時間が経ったのに、やっぱり観ると、なにやってんだ自分、まだまだだなと思う。

藝術はそうやって本当に人の人生を変えてしまうのだからすごい。

そういう宝物を携えて、死ぬまでやっていく。


春は、そういう気持ちを運んでくる。

震災から10年。もうすぐ親元を離れて10年。私が初めて一人暮らしをした小さなあの部屋から、10年が経ちます。

真夜中のコインランドリーからの帰り道、自転車で走った細い道。夜はどこまでも続いていて、世界はこの手にあるのだと思った。今だってそう思う。

照らしてくれた小さな光を追いかけて、自分も誰かを照らす光になれたらいいと願うし、きっとああいう時に誰かに呼ばれたような気がするのは、それは未来の自分の声だと思う。

「走って、走って、ここまでおいで。大丈夫だから」

だから私たちは発信をやめてはいけない。

目に映るものへの愛を止めてはいけない。

そう思いながら踊っています。

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