カナキティ徒然草

舞踏家カナキティ、日々のつれづれ。

またまたお久しぶりです、カナキティです。

8月も半ばなのに大雨で涼しくて、夏は何処にいってしまったのでしょうね。

今朝撮影に向かっている電車の中で、この曲を聴き始めて、ふいに頭が覚醒してしまったのでちょっと文章に残しますね。


もう好きすぎてこの4年擦り切れるほど聴いている。そして永遠に飽きずに聴くたびに泣ける。

https://youtu.be/VJ5QvrGxTnQ

前世の記憶が甦るような感覚になるの。

地球に降り立つ直前のことを思い出す感じ。

それか、ここを去る瞬間のことを思い出す感じ。

変だよね。でも「思い出す」なんだよな。何故ならば時間という概念は地球にしかなくて、すべての出来事は同時多発で起こっているから、過去も未来も現在もいま目の前に全部あって、ゼロポイントからそれらを眺めると「思い出す」という感覚になるんだよな。

だから地球を、この人生を終える瞬間を思い出すことは、もう切なくて切なくてどうしようもない気持ちになる。

目の前のすべてがあまりに有限で、形のない粒子なのだと気がつくと、今目の前で形を成している物質的現実は、なんてなんて脆くて、最早存在し無いのと同じくらいに危うくて、1秒ごとに壊れてはその都度造り替えられているなんて、悲しくて美しすぎるじゃないか。

泣き叫びたいほどの哀しみと歓喜だ。

あまりにこの世とは夢だということがもうわかりすぎて、わかりすぎて。これからもこの先、辛い時「死にてー」とか口では言うかもしれないが、死んだところでそれは私にとってはもう一つのアトラクションにしかならないのだ。


この苦しさも今地球で見ている夢なのだと思うと

死んでも意味がなさすぎるし、それならばむしろ

地球での不自由さと有限性の方を楽しむ選択をする。


この世はマジで高性能なVRだ。

VRとかヴァーチャル空間の技術が出てくる時代に生まれてきたこと、本当に面白い。

私たちが科学にロマンとノスタルジーを感じるのはきっと、魂では自分たちが「どこからやってきたのか」を覚えているからなんじゃないか、と。私はそう思っている。


なんかさ、そろそろこういうこと書いても、今更皆私のことヤバい奴とか思わないよね?どう?笑

自分にとってはあまりに普通に感じていること過ぎて、これがスピリチュアルなのか何なのかもよくわからないんだ。

だって正直、何を読んだわけでもなく、子どもの頃からこう思っているんだよ。


さて、もし私がバレエダンサーなら、この曲でめちゃくちゃいい踊りが出来るな。コンテだとしても、バキバキに踊れれば気持ちいいだろうなぁ。なんかこの曲は敢えてそういうアプローチがいいと思うんだよね。私のように有機的ではない無機物なアプローチ。めっちゃかっこいい群舞はつくれる気がする。自分では踊れないけれど。笑

でも、踊りたい。踊っているうちに内臓が飛び出していくという不可能な演出をしたい。笑


時々ね、世界に対して愛が溢れてきすぎて驚くんだ。

こんなにも愛おしい。

もう恋なんて出来ないのではないかと思う程に、世界が愛おしい。

だからこの有限の身体で、人間として、それをdescribeして作品として遺して、世界に愛を返したい。

有名になりたいとか、金持ちになってみたいとか、そりゃあるよ。ビッグマウス。言い続けますよ。

でも本当に本当の奥底には、そういう芸術への、人間の文化の営みへの気持ちがやっぱりあるのです。偽善みたいに聴こえると思って若い頃は恥ずかしくて言えなかったけれど。

だって、地球はさ、面白すぎる。

ご無沙汰しています、カナキティです。

急に梅雨明けしましたね。「まったく唐突なんだからっ。気候ってば、可愛いやつめ」という気分です。

暑いのが本当に苦手ですぐにやられてしまうのですが、やはり心は夏が好きみたいで、急に鳩尾からエネルギーが湧き上がってきて驚きます。急にやる気。笑


そんな感じで、やる気を出して、食生活とファスティングについて書きます。

私はもう肉が食べられません。魚介類は食べられるのでベジタリアンではないし、スープとかエキスまで気にしているわけではないのですが。

昔から公演前は必ずファスティングをするのですが、去年気合い入れてかなり厳しめにやったら、その後から身体が肉を受け付けなくなってしまった。誤解のないように言うと、嫌いになったとかではないのです。もちろん環境問題や消費社会、資本主義についても日々考えてはいますが、恥ずかしながらアイデアがあってこうなったわけではないので。なんなら今でも気持ちとしては食べたい、脳に残るすた丼での幸福な記憶が、私の目に涙を浮かばせるほどです。(私もう牛丼とか食べられないんだって思って本当に泣きましたからね

だがしかし、確かに身体の調子はよくなった。

そして今年に入ってから本番に向けて、これまでの米やグルテンに加えて「白砂糖」をカットするということをやるようになったのですが、特に効果を感じるのはやはり白砂糖ですよね

若い頃から何度か試みてはいたので、白砂糖が依存だということはずっと知っているのです。でも私は、主食が

アイス、ポテチ、グミ

というような人間です。白砂糖で出来ていますよ私自身が。

本当に辛いのよねー、白砂糖に別れを告げるの。笑

でもね、やはりめちゃくちゃ身体軽くなるし、集中力が上がるのですよね。特に私の仕事は短時間集中だから。本番の冴え方の違いを肌で感じる。

白砂糖が煙草やアルコールと同じく依存性があるものだとわかる体感としては、一度その依存から脱すると、身体が欲しがらなくなるということです。甘い飲み物もお菓子も本当にいらなくなる。逆にひと口食べればぶわーーっと依存状態にもどってしまうことですね。こえーよ。笑

それにしても、私はそもそも食に興味がなくて、毎日同じもの食べるのでも大丈夫なタイプなので適当に成り立っていますが、こういうのは本当に人によりけりだと心底思います。性格やライフスタイルによる。肉だって食べた方がいい人もいるし、その方が健康って説もあるもんね。人それぞれです。自己対話が大切だよね、やっぱり。

ただ、コンビニ行っても買えるものがないに等しいというのはつまらないよ世界で一番好きな場所、コンビニなのに。

保存や味付けの方法、全てが人体にとって毒なのがコンビニでしょうけれど、だからこそ食事制限をしている時期は何も買えないという事態になるのですが、でもやっぱりコンビニのものは美味しい 

ちなみに自分が食を楽しむことに関心がない分、私の周りの人は料理上手だったりいろんなお店を知っている人が多いなとよく実感します。幸せなことですね、本当に。


そんなわけで明日は初めてテクノのイベントで舞踏をやります。初めてDJとコラボします。やったるぜってなるから、本当にアドレナリンでます。

公演情報や活動情報を一番早く確実に発信しているのは私の場合、やはりInstagramです。ブログのホーム画面にもリンクあるので、もしよろしければ。

いい夏にしよう。

I love you all.

こんばんは、カナキティです。

こえーよ、6月一瞬で終わりそうなんだけど。

ようやく息が吸えるようになってきたというか、今年という流れに対して自分が覚悟が決まってきて、それが馴染んできた感じです。

あっという間に今年が半分過ぎてしまうね。

土曜日の深夜、皆さまいかがお過ごしでしょうか。


さて、編集されるのが楽しみなものがいくつかあります。

私は生まれてこのかた自分のことが美しいなんて思ったことはもちろんない。可愛いなんて歳でもないし、女性としては自信などまるでない。ただ、自分という素材が他の才能や見てくれる人の想いと合わされば、美しい作品になるということは知っている。だからこういう制作をしている。

それでも昨日の撮影で、皆がかわるがわる私を捉えているカメラのファインダーを覗きこんでは「綺麗」ってたくさん言ってくれたのは、胸に残って、胸がいっぱいになって、泣きそう。すっごく綺麗な人たちだった。そんな皆の目で見てもらうと、自分がなにかとてもいいものになったような気持ちになる。

生きてきてよかった。


映像や写真と、パフォーマンスでのエネルギーの出し方は、私にとって、クリエイションとして全く違う。

パフォーマンスは放出して自己消失するけれど、映像や写真はなにか水飴のようなものを撮影者と共に溶かして固めていく感じというか。

本当に面白い。本当に幸せです。


今日知り合った女の子が、私のInstagramをフォローしていて、私の舞踏が好きだと熱烈に語ってくれた。「何故だかわからないけれど、すごく泣いてしまった」と。

求められなくても死ぬまでやるつもりだけれど、こういう瞬間に生かされているなぁと思います。

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