カナキティ徒然草

舞踏家カナキティ、日々のつれづれ。

2021年06月

こんばんは、カナキティです。

こえーよ、6月一瞬で終わりそうなんだけど。

ようやく息が吸えるようになってきたというか、今年という流れに対して自分が覚悟が決まってきて、それが馴染んできた感じです。

あっという間に今年が半分過ぎてしまうね。

土曜日の深夜、皆さまいかがお過ごしでしょうか。


さて、編集されるのが楽しみなものがいくつかあります。

私は生まれてこのかた自分のことが美しいなんて思ったことはもちろんない。可愛いなんて歳でもないし、女性としては自信などまるでない。ただ、自分という素材が他の才能や見てくれる人の想いと合わされば、美しい作品になるということは知っている。だからこういう制作をしている。

それでも昨日の撮影で、皆がかわるがわる私を捉えているカメラのファインダーを覗きこんでは「綺麗」ってたくさん言ってくれたのは、胸に残って、胸がいっぱいになって、泣きそう。すっごく綺麗な人たちだった。そんな皆の目で見てもらうと、自分がなにかとてもいいものになったような気持ちになる。

生きてきてよかった。


映像や写真と、パフォーマンスでのエネルギーの出し方は、私にとって、クリエイションとして全く違う。

パフォーマンスは放出して自己消失するけれど、映像や写真はなにか水飴のようなものを撮影者と共に溶かして固めていく感じというか。

本当に面白い。本当に幸せです。


今日知り合った女の子が、私のInstagramをフォローしていて、私の舞踏が好きだと熱烈に語ってくれた。「何故だかわからないけれど、すごく泣いてしまった」と。

求められなくても死ぬまでやるつもりだけれど、こういう瞬間に生かされているなぁと思います。

お久しぶりです。カナキティです。

6月が始まりましたね。

今年は早い梅雨入りで。

前回の投稿が4月の終わり。

5月は黙々と撮影をこなし、働いている感じでした。少し自分の内側に潜っていました。

感情や踊りについて考えている時期でした。自分に何ができるのか、も。


64()に、山海塾の公演を世田谷パブリックシアターで観てきて、この感想は残したいと思い、投稿します。

根耒裕子さんや相良ゆみさん、岩名雅記さんや及川廣信さんや大野慶人さんや、大竹しのぶさんのピアフを観た時の衝撃を久しぶりに味わった。一生残る宝物の気持ちです。


これが山海塾。圧倒的な技術と鍛錬で舞踏における芸術性とエンタメ性を両立させることに成功している、山海塾かーーーという感動で終始目が離せなかった。

私は素朴なものを追いかけてきたけれど、山海塾への憧れは別もの一生もの。山海塾だからこういった劇場公演ができる。舞踏でそれを可能にしていることが本当に胸を打たれる。こんな状況でも今年は、山海塾と大駱駝艦が公演を行っていることが本当に希望だ。

様々な種類の様々なダンス公演を観てきたが、群舞であんな風に気(エネルギー)が完全に同じになって踊られているのを他で見たことがない。あれは確実に舞踏だから生まれるグルーヴだった。

他のダンスと舞踏の違いを説明するとき、最近ようやく言葉になった。

例えば「花」というテーマがあったとき、

通常ダンスは踊りによってその花を表現する、doingの行為。

舞踏は体が花そのものになる、beingの行為。

青い衣装の方がソロで踊っているとき、思考する前に気が付いたらポロポロ泣いていた。

圧巻のラストは、舞踏手たちは皆もはや個が消失し、一体となって宇宙が広がっていた。

久しぶりに人生に一生残るものを観た。涙と拍手で立てない経験、久しぶり。

一番うしろの席だし、きっと観ていてものりくんのことわからないだろうなーと思っていたけれど、いつの間にか目で追っている舞踏手がのりくんだったので驚いた。さすが… 

http://norihitoishii.com/index.html


This is... Sankai Juku. With overwhelming skill and training, they have succeeded in combining artistry and entertainment in butoh... I couldn't take my eyes off Sankai Juku from beginning to end.

I have always been attracted by primitive things, but my admiration for Sankai Juku is something else, something that will last a lifetime. This kind of theatrical performance is possible because of Sankai Juku. The fact that they are able to do this with Butoh is truly inspiring. The fact that Sankai Juku and Rakudakan are still performing this year in such a situation of the world is a real source of hope.

I have seen many different kinds of dance performances, but I have never seen a group dance where the energy is completely the same, and that is definitely a groove that comes from Butoh.

The difference between Butoh and other forms of dance has only recently been put into words. For example, when there is a theme of "flower", dance is usually an act of "doing," expressing the flower through dance. Butoh is an act of "being," where the body becomes the flower itself.

When the one in blue was dancing solo, I found myself crying before I could think.

At the end of the performance, all the dancers were no longer individuals, but a united universe. We were connecting to the universe.

It was the first time in a long time that I saw something that will stay with me for the rest of my life. It was the first time in a long time that I could not stand up due to tears and applause.

I thought I wouldn't be able to recognize Nori-kun because I was seated at the back of the stage, but I was surprised to see that the dancer I was following with my eyes was Nori-kun. As expected...


早く皆さまの前で踊れることだけを、日々想っています。

やっぱり舞台が生きる場所だよ。

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