結局去年の10月から更新していないね、明けましておめでとうもなかったね。笑 お久しぶりです。

去年の10月からまさに人生で一番忙しかったのではというくらい怒涛でした。毎週末のように本番あったし、撮影も立て込んでいて。とにかく年末ギリギリまで働きに働きました。でも「毎日現場というような日々がいいな」と前年願っていたのだから、その通りになって幸せだなとしみじみ思っていました。


新年のご挨拶は出来なかったけれど、年度はじめですね。入学式や入園式の話題を周りから聴きながら、うっとりしています。尊い。

近しい人たちが親になって、特に親友の子どもたちは本当に「一緒に生きている」という感覚なので、独身の私もこんな風に人間の成長を眺めていられるのはありがたいことです。なんかやっぱり、こんなに一つ一つの事象が尊くて、ランドセル姿に涙して、そんなだから親にとっては何歳になっても子どもだし、死なれたらたまったもんじゃないよなと三十半ばにして思う。私は今でも他人の自死を否定しないし止めないけれど、私の親は大変だったろうなと。とても普通の人たちなのに、私のあれこれは意味不明だろうし、私を失うまいと頑張ってくれた。私自身が自分の命を粗末にしても、繋ぎ続けてくれた。

それにしても親友の子どもたちが可愛いのじゃ。

「かなちゃんて仕事なにしてるの?」

「え?ダンスだよ。笑」

これからも二人にとって謎のauntieでいたいと思います。笑

大きくなったらパリピにしてやろう。


いつも投稿するタイミングを逃してしまうのですが、この勢いに乗って、インスタに投稿した文章を残しておこうと思います。

311日。

東北の震災、原発事故から11年です。10年が経った昨年は、ずっとそのことをテーマに作品を作り続けてきた前川加奈さんとパフォーマンスをさせて頂きました。

11年前、地震が起きたとき、あまりの揺れにこれは死ぬやつだなと思い「死にたい死にたいと思ってきたけれど、こういう形で死ぬのだな」と受け入れていた自分がいました。自殺という形を取らずに済んだ、これで周りの人は許してくれるだろうというような。

揺れがおさまって、目を開けると私は生きていました。そしてテレビをつけたら津波のニュース。死んでかまわないと思ってその瞬間を過ごした自分はこうして生き残っていて、生きたい人たちは亡くなってしまったのだということに愕然とし、罪悪感を抱えてその後の日々を過ごしました。

まだ毎日がとてもギリギリで危うくて、日常は既に奇跡に近くてそのことをずっと感じながら暮らしていたので「ある日突然日常が壊れた」という当時の世間の空気にも共感できなくて孤独でした。

それからいろいろあって、10年だもんな、いろいろあって、自分の命を心から喜べるようになった。そういう自分があの場で踊らせてもらえたこと。たくさんの想いが身体に入ってきたこと。ひたすらに祈りを踊った。

ウクライナ侵攻が始まってすぐは、自分の周りの感受性が強く心優しいひとたちが、まだ声の上げ方もアクションの取り方もわからず、胸を痛めて苦しんでいた。そうなるよね、大丈夫だよ、そんなに自分を責めないでってすごく思っていました。震災の頃を思い出していました。人は皆、状態や段階があると思います。まずはそれぞれ、自分に優しく、自分の生を謳歌して。余力があったら、アクションを取って。他人事にしないだけでもいい。意識で世界は変わっていくと信じています。意識こそ、そのエネルギーこそ、世界をつくっていると信じています。

デモやそういった様々な活動は、自分も参加していながらも無力感に襲われたりします。日本では偽善だと言われやすかったり、自分の出来る少額の寄付に意味なんかないのではと悲しくなったり。確かにそうなのかもしれない。でも何か出来ることを探そうという心が無意味ではないと信じたい。

新宿の『No War 0305』の記事、よかったです。光を感じられた。

https://www.cinra.net/article/202203-briefing-nowar_ymmtscl

私は先週は渋谷の方のデモに参加していました。最後に参加したデモは2年前のBLMだったのですが、その時は外国の方と若い人ばかりだった。でも今回のデモは日本の、年配の人も多くて、戦争を体験している人たちがこうしてアクションを起こしているのだということが印象的でした。ただただ祈りながら歩きました。

一緒に参加していた中国人の友人は、初めてのデモ参加でした。中国では禁止されているから。パフォーマンスアートでアジアの国を回っている頃、コンテンポラリーアート特にパフォーマンスアートは国の体制に反する可能性があると政府に捉えられて禁止されていることが多いという事実を目の当たりにしました。ベトナムでも、私服の警官が来る、パフォーマンスイベントは中止になるかもしれないと言われて。私たちは少なくとも日本でとても自由が許されているのだなと実感しました。もちろん声をあげ続けなければならないけれど。

今日もニュースを見ては泣く。ウクライナ人の友達の投稿を見て泣く。これは自然災害ではなくて、同じ人間がやっていることなのだと激しい感情がわく。乱暴な言葉で言うと、「マジやめろよ、あとそのやり方めちゃくちゃ古いよ」

戦争反対という言葉さえ、とても古く感じる。まだそんなことを言わなければならないなんて。皆望んでない。戦争反対、当たり前。憤る。それと同時に、反対するという姿勢さえも暴力的に思えて悲しい。愛で、在れないのかな。

週明け月曜日のオンラインイベント、必要経費を差し引いた売上を寄附しようと tak ran stoneと話し合いました。今なにかやるにあたって、やっぱりそこを切り離すことはできなくて。

生きて、祈りを、踊り続けます。